みなさまこんばんわ。
ナガイネ!でやってきましたフンドシブログ。
タンゴに馴染みのないかたへ向けてのジャズ視線なタンゴの解説、そろそろ終盤に差し掛かりまして。
残すところあと3曲。
タンゴといえばこの曲!ベスト2、ベスト1、といく前に。
今回はタンゴというよりか、タンゴを利用した音楽ですね。
コレ。
僭越ながら、ワタクシの楽曲で、Ciudad de los Vientos、邦題が「風の吹く町」。
2011年、5月の作品です。
…。
あれから2年ですね。
お寺でいうところの3回忌という時の流れです。
早いですね。
お察しのとおり、震災関連曲です。
私の父は震災ですっかり有名になってしまった松林があった海の町出身でした。
ワタクシの姓スズキ、これはこの三陸の小さな町に本家と生家がありまして、つまりここがルーツです。
駅前の交差点を左に曲がって2軒目。googlemapで今見てみますと。名前だけはまだ載っている。
ことあるごとに、冠婚葬祭、法事で毎年訪ねていた親父の故郷は、住所だけ残りまして、あとは、すべて町ごと消滅してしまいました。家一軒残りませんでした。
このことに関して。
当時、できることは何かと考え、
でも何もできないので
記憶を記録として残すことにしました。
それがこの楽曲です。
…。
楽曲を解説します。
楽曲は、直後の風景のイメージからはじまります。
中盤から、リズムがミロンガに変わりますね。
ここは何かというと、この町にはけっこう立派な河川が海に流れ込んでいるんですが、この土手あたり。
春になると、何もなくなった町でも草花が芽生え始める。ここに昆虫、飛ぶのとか長いのとかいろんなものが、集まってくる。
夏に様々な花が狂い咲きするところに集まりなさい。ここが中盤。
後半は
そんな生き物と同じように、人々もまた、きっとこの町に戻ってくる。
それは、生きている人も死んだ人も私の父親も、死んだ後のワタクシも、住所だけ残った場所に、新しい家が建ちそこに戻ってくる、訪ねていく。
と締めくくってみました。
この手の主張や意味を音楽に入れる作曲手法は、ずっと避けておりましたんですが。
今回はこの手法以外に思いつきませんで。
音楽って、自分のためにもしっかり存在してくれるものですから。
自分の記録だってまずはいいんじゃないか。
まずは記録を残せば。
googleにこうやってアップできたということは、いつか誰かが聴くともわかりませんが、記録としてはかなり先まできっと残ることでしょう。
人は悲しいことを忘れようとする自浄能力を持っていると私は思います。
ところが、事が大きすぎて、しかもまだ片付いていないので、忘れようがありませんよね。
問題によっては自分の寿命より長引くことだってあるみたいです。
なので風化させる段階にないと私は考えていて。
三回忌というのは、ある意味、ここいらでケジメつけてまたがんばるかという節目。
複雑ですね。でもがんばらないとねえ。
実はこの楽曲書いて以降、曲が書けなくなってしまいましてね。
そろそろがんばれワタクシ。
複雑にがんばるってことか。忘れずにがんばるとか。
そういうことです。
最近のこの楽曲の扱いは、ふつうのレパートリーと変わりません。
それでいいと私は今考えています。
…。
この動画の演奏、いいでしょう。
それぞれが思いのこもった演奏をしてもらってとても感謝してます。
それぞれの場所、それぞれの思い。
Ciudad de los Vientos – 風の吹く町。で、ございました。
ご清聴ありがとうございました。